めごめも!

ひとりと1匹の生活記録。

研究は大好きです。でもね。

 ・・・アカデミアには残りません。

春から研究室に配属される理系新四年生のための心得 - ミームの死骸を待ちながら

ここに上げたものの他にもいろいろ探してみましたが、こうしてみると、ネガティブ意見が目につきます。前向き論があったとしても妙に達観していたり「厳しい環境だががんばるぞ」といったものがほとんどで、「私は研究が大好きだ!」という熱いブログ記事が非常に少ないような気がします。残念なことです。

 うーん、そういえばそうだなあ・・・と思って、自分の場合を書いてみます。色々と区切りですし。ちなみに、上記のエントリは非常にまとまっていて、いい文章なので読む価値アリだと思います。研究の3つの意義とか良いっす。

 自分のこと、どこまでかけばいいのかなあなんて思うんですが、まあいいや。それほどネットを賑わすブログでもないと思うし・・・。それでも微妙におよび腰☆

私の研究分野

 まあ、知ってる人は知っていると思うので省略。結構コアな分野なので公表しすぎても色々と面倒くさいので。気になる方は連絡いただければ・・・。とりあえず、ライフサイエンスですがバイオ系ではないです。実験してません。でも、シュミレーションでもなく、臨床でもないです。

研究を始めたきっかけ

 研究室配属は学部2年の2月でした。私立だったのとなぜかうちの学科だけ異様に配属が早かったんですよね。そこで当時のボスから与えられたテーマが面白くて、卒論で「自分自身で考え結論を導く面白さ」「研究をまとめるおもしろさ」を体験することができました。まー研究ってそれだけじゃないんですが、あの卒論がなかったら今の道にはいません。今から考えれば実験計画も調査も高いレベルではありませんでしたが、その中でもあれだけのものを書けたのは運がよかったんじゃないかなと思います。

大学院時代

 研究の面白さを感じ、他大学の院に進学しました。しかし、自分が解明したかったことをきっちりとした科学的手法を用いて研究することの難しさを感じ、壁にぶつかりました。今でも入学時にやりたかったことは研究してみたいとの思いはありますが、周辺分野でもっと科学的方法が確立されないと無理だなと思っています。ちゃんと解明したいからこそ「え〜これはちょっと・・・」と思われる研究はしたくない。

 で、壁にぶつかりそれとは手法が違うものの同様の研究を任されました。それがきっかけで現在のレンタル先に出入りすることになり、そこでまた違った方法で違った研究をさせていただくことになりました。

 このレンタル先での研究、研究手法、研究分野が私にあっていたんですよね。レンタル先の人材育成に関しても、あののびのびとしたディスカッション風景も。

 最初から感じていたことはジャーナルウォッチ*1で紹介される研究が面白くて面白くてしょうがなかったことです。だんだんわかってくると、それらを批判的に吟味することが面白くてしかたなかった。論文に対する先生たちの鋭い質問も聞いていて刺激的だったし、そういう自由なディスカッションの空気がよかった。あとは、自分たちのデータから「これとこれの関連を探ってみよう」と思い立って試行錯誤する間のわくわく感。先行研究をまとめ、自分が行おうとしている研究の立ち位置を知り、何をどうすればいいのかと考える時のぐちゃぐちゃした感じも、先生とディスカッションすることでクリアになってくるのが楽しかった。

 もちろん、「産みの苦しみ」も味わいました。データをぐちゃぐちゃいじっても出口のない閉塞感を味わったこともたくさんあったし、論文のディスカッションがうまく書けないことなんてたくさんありました。今も苦しんでますしね(笑)異分野から飛び込んできたので、システマティックにもっと指導してほしかった(=いなくなった直属の先輩はいい加減だった)と思ったこともありますが、その分自分で学ぶことも多かったし、後輩に指導する際色々気をつけることができたと思います。そういう「工夫」を生かせるのも楽しかった。人に教えることで自分も学ぶことができる、そう思うことができる経験ができたのも、うれしいことでした。「うちの分野、面白いよ〜」「うちのラボ、いいよ〜」と他人に胸を張って何度もいいまくるくらい、この分野の研究とこのラボが大好きでしたよ。

ではなぜアカデミアから離れるのか?

 好きだったからこそ、その分野のトップレベルのラボにいるからこそ、「自分には無理だろう」という限界が見えてしまいました。できすぎるボス&上司を数人知ったことで、「あの人のようになれないなら、アカデミアにはいない方が周りのためだ」と思いました。大学院は研究機関であるとともに教育機関です。私には、今のボス&上司のような「トップレベルの研究水準を維持しながらも人材を育成する」ことはできないと思った。ゼロから研究データベースを立ち上げ、あれだけの研究資源を得ることもできないと思った。研究職を考えた時に今のような胸を張れる業績がなかったということも一つの要因ですが、やはりアカデミアから離れるのは彼らを見ていて自分には無理だと思ったのが大きいです。

後輩に博士後期課程進学を勧める?

 これはid:Hashさんと同じ言葉ですが「自分の頭で考えて欲しい」です。私自身、3年半前流されるように博士後期課程進学を決めました。それから今の業績を出すことができたのは、レンタル先のラボが研究資源・教官ともに本当に恵まれた環境だったこと以外のなにものでもありません。研究資源に恵まれてもそこにいる人材がいまいちだったり、人材はよくとも研究資源がいまいちだったりということはよくあることですので、本当に単なるラッキーだったとしか言いようがありません。共同研究の話も、レンタルのことも、学位の研究テーマが現在注目されている分野だということも。

 また、研究以外に様々なことに関われたのも本当に運がよかったと思いますし、研究以外のことをやることを許してくれた心の広い教官を持てたことも、幸運でした。お陰で研究しているだけでは学ぶことのできない経験や仲間を得ることができました。研究室に閉じこもっていたって、リーダーシップやイベント企画・運営のまとめなんてできませんからね。私自身はこういった「研究以外に自己研鑽に励む場」というのは、現在かなり充実していると思います。ただ、それに本人が気付かなかったり、やる気があっても指導教官が首を縦に振らなかったりという理由で関わることのできない人も多いのかも。そういう意味で、私がチャンスをあますことなく生かすことができたのは、本当に幸運だなと思います。

 あるチャンスを「生かすも殺すも自分次第」ではありますが、周りの環境によって断念せざるを得ないことも多々あります。ただ、言ってしまえば周りの環境(=ラボの雰囲気、ボス)をしっかりと選ぶのは自分次第ですから、博士課程の就職難やら何やらかにやら言われていますが、やはり自分次第なのかなと思います。

 ただ、あまりにもラボ間・大学間・個人間の格差が大きいこと、不況の現状を見る限り、あまり博士進学は勧めません。が、自分がやってみたいと思うなら、チャンスをしっかりつかもうと思うなら、やってみるべきかと思います。

私にとって研究とは

 自分自身を成長させてくれたもの、自分の知的好奇心を満たしてくれるもの、と同時に世のため人のために役立つ1つの手段、かな?

 ・・・・なんか微妙だなあ・・・・。とりあえず、今日はここまでにして、後ほど追記があれば書きたいです。今日は朝から着付けだったし、もう眠いので・・・。

*1:ジャーナルクラブとか言われることもある。分野のトップジャーナルのアブストを1ヶ月分4〜5誌持ち回りで紹介する。